石井晃太郎ジャーナル

コンテンツ力=●●を奪う能力

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こんにちは!石井です。

今日はビジネス戦略を練る上で必要不可欠な”コンテンツ力(りょく)”についてお話します。

コンテンツ力とはざっくり言えば「そのコンテンツが持っている魅力」のことで、例えば人々の興味や関心を集めているものに対して「あれはコンテンツ力が高いよね」なんて言ったりします。

極論を言ってしまえば提供するもののコンテンツ力がめちゃ高ければ、それだけでそのビジネスは成功します。

それほどこの”コンテンツ力”という概念はビジネスを語る上で欠かせないものなんです。

ですが「コンテンツ力は超大切です!」なんて言われても、目に見える数値で測れるものでもないし、もし自分のビジネスで提供しているもののコンテンツ力が低かったらどうすればいいのかもわかりませんよね。

そこで今日は、特定のもののコンテンツ力が高いか低いかを判断する基準とコンテンツ力を高める基本的な考え方について、事例を交えてお話しようと思います。

今回の話を理解できれば、新しく始めるビジネスも今やっているビジネスも、どういう方向性で進めたら成果が出やすいかがわかるでしょう。

それでは、行きましょうか!

クラシック音楽にコンテンツ力はあるか?

突然ですが、あなたはクラシック音楽が好きですか?

僕は学生時代にフルートをやっていましたが、正直そこまで好きではありません笑

多分、この記事を読んでいる方の中でも、クラシック音楽が好きだと胸を張って言える人はほとんどいないと思います。

なぜなら、クラシック音楽にコンテンツ力がないから。

今の時代「暇だからクラシックの演奏会に行こう」という思考回路が働く人は音楽関係者を除いてほとんどいない。

こういう集客力のないコンテンツのことを「コンテンツ力が低い」というのです…

…なーんて話を、実は昨日、友人カップルにしていました。笑

彼女の方が「クラシック音楽業界でビジネスがしたい」とのことだったので、スパイシーな南インド料理を食べながら相談に乗っていたんです。

で、「クラシック音楽はコンテンツ力がない」とボロクソに言う僕に対して、彼女はこう反論してきました。

「でも、昔はクラシック音楽がもっと大衆に受け入れられていたよね?だからクラシック音楽にはコンテンツ力があるはずじゃない?」

確かに、その通りです。

昔はヨーロッパを中心にクラシック音楽は大衆の娯楽としてもてはやされていました。

家では家族や友人と楽器を演奏し、街角では至るところで楽器が演奏され、夜は社交の場としてオペラを観に行く。

まさにクラシック音楽はヨーロピアンの生活の一部でした。

そんな長い歴史のあるクラシック音楽なら、コンテンツ力は無いわけないだろ、ということですね。

その話を聞いて、僕はこう答えました。

「うん。正確には、コンテンツ力はあるよ。でもね、コンテンツ力は相対的に決まるのよ。いくら長い歴史があっても世の中に存在する他のコンテンツが魅力的になればなるほど、コンテンツ力は相対的に下がって行っちゃうんだよね」

コンテンツ力は相対的に決まる

僕がこの時伝えたかったのは「コンテンツ力は絶対的に決まるものではない」ということです。

以前も似たようなことをお話したことがありましたね。

基本的に世の中に存在するあらゆるものの価値は周りのものと比較して相対的に決まります。

そして、それはコンテンツ力においても同じことなんです。

確かに何百年というクラシック音楽の長い歴史を考えれば、それだけの期間残っている=人々の支持を集めてきたですから、コンテンツ力はあるように見えますし、実際今でもあるでしょう。

しかし、今の時代はライバル(比較対象)が多すぎる。

例えば電車の中を見てください。

みんな揃ってスマホとにらめっこしていますよね?

よく言われることですが、一昔前まではみんな新聞か本を読んでいたのに、今となってはこの有様です。

なぜこんなことになったかというと、スマホから見れるコンテンツは簡単で刺激的だから。

スマホさえ持っていればネットを通して音楽や動画、ゲームなどあらゆるコンテンツに簡単に触れることができますし、そのコンテンツには音や光といった刺激物がたくさん含まれています。

それに対して本や新聞はわざわざお金を出して買って持ち歩く必要があり、読んでも文章情報しか得られない。

本や新聞に価値がないというわけではなくて、それらの方が手間がかかる上、得られる刺激も少ないわけです。

生き物が刺激によって快楽を感じる以上、刺激の少ないコンテンツ(本や新聞)がスマホの普及によって淘汰されてしまうのは当たり前というか、自然の摂理でしょう。

そしてそれはクラシック音楽も一緒です。

高いチケット代と交通費をかけて遠い会場までわざわざ出向くぐらいなら家でスマホしてるわって話。だってその方が簡単に刺激が得られますから。

…こんな感じで、たくさんのコンテンツに誰でも簡単に触れられるようになった「コンテンツ戦国時代」では、全てのコンテンツが他のあらゆるコンテンツと比較され、コンテンツ力の低いものは淘汰されていきます。

しかもスマホから触れられる刺激物満載のコンテンツと比べられてしまう。

こんな状況じゃあ、クラシック音楽にコンテンツ力があるとは到底思えない、というか実際に無い(少ない)わけです。

いくらコンテンツ力がありそうなものでも、他に魅力的なコンテンツが増えるほど、コンテンツ力は下がってしまうのです。

コンテンツ戦国時代=時間の奪い合い

さて、今の電車の例では、コンテンツ力を「刺激」という指標で測ってきました。

人が刺激を求める生き物である以上、たくさんの刺激が得られる=興味・関心が集まりやすい=コンテンツ力が高いというロジックです。

ただ、「刺激」をコンテンツ力の指標にしてしまうと客観的に判断することができませんし、刺激的な物が全てではないと考える人も少なからずいます。(僕もそうです)

そこで今回はコンテンツ力を測るための別の指標をご紹介しようと思います。

それが「時間」です。

つまり、その人が一日のうちでどれくらいそのコンテンツに触れているorそのコンテンツのことを考えているかでその人がどのコンテンツにどれくらい興味を抱いているかがわかるのです。

例えば、先ほど僕がフルートをやっていたことをお話ししましたが、当時はご飯を食べることを忘れるほど練習にのめり込んでいました。

それはつまり、僕がフルート(と音楽)に対して高いコンテンツ力を感じているということです。

他にも「買ったばかりのゲームを一日中やっている」みたいなのも同じです。

人には「自分が興味・関心を抱いているものに対して時間を惜しげもなく使う」という性質があり、それを利用してコンテンツ力を測れるというわけです。

ですが、一人の人物が何に対して高いコンテンツ力を感じているかを考え始めると切りがありません。

なぜなら、コンテンツ力は相対的に決まるものものですから、同じコンテンツでも人によって感じるコンテンツ力は変わってくるからです。(当たり前ですよね)

ですから、「時間」を使ってコンテンツ力を測る場合は「そのコンテンツがどれだけ時間を奪う要素を備えているか」を考えると良いでしょう。

例えば、最近流行のスマホゲーム。

やってみればわかりますが、どのゲームにも「ログインボーナス」というものがあります。

1日1回ゲームを起動することでゲーム内で使える報酬がもらえる仕組みのことです。

それなんかはまさに「時間を奪う要素」の典型でしょう。

分かりやすい報酬を設定することで少しでも多くそのゲームに触れている時間を増やすことが出来ますよね。(報酬は刺激になりますし)

そういう「時間を割いてもらう能力」がそのコンテンツにどれくらい含まれているかを比較すれば、大体のコンテンツ力を測ることが出来ます。

コンテンツ力を本質的に高めるには?

コンテンツ戦国時代では「時間」にフォーカスすることでコンテンツ力を測ることが出来るというお話をしてきました。

この「時間」という指標は「どれだけ話題に上がるか」という表現に言い換えることもできます。

例えば、普段は一切テレビに出ないけど日本人が結果を残した瞬間テレビで一斉に取り上げられるスポーツとかありますよね。

あれはつまり「日本人が結果を残した」ということがそのスポーツのコンテンツ力を引き上げたことになります。

せっかくなのでもう一つスポーツの例を取り上げましょう。

僕が小学生の時『テニスの王子様』という漫画・アニメが流行っていました。

当時はその影響を受けてテニスを習い始めた子供たちも多かったそうです。(僕もその一人ですw)

これは『テニスの王子様』という漫画がテニスのコンテンツ力を引き上げたことになります。(テニスに憧れる人が増えてテニスへの興味・関心が社会的に増えたため)

これらに共通するのは、何らかの外部的な要因によってコンテンツ力が高められていることです。

コンテンツ力のないもののコンテンツ力を高めるのなら、この方法しかありません。

先ほど「時間を割いてもらう能力」という話をしましたが、それはあくまでもコンテンツ力の高いものに見られる傾向の話で、そういった要素を意図的に付け加えればコンテンツ力が上がるわけではないのです。(多少は上がるかもしれませんが)

だからコンテンツ力を高めたいのなら、他のコンテンツと合体・融合・かけ算することが一番手っ取り早い。

例えば、数百円でどこでも買えそうな安いTシャツがあったとします。

これだけではコンテンツ力はほぼありませんよね。

ですが、もしそのTシャツが大物ミュージシャンのライブ会場で売られていたら?

普通なら数百円のTシャツが数千円で売られるようになります。

それどころか、そのミュージシャンのサインでも入っていたら数万円になる可能性すらあるわけです。

…これはコンテンツ力というより「ものの価値」が上がった例ですね。

しかし、コンテンツ力の場合でも考え方は同じです。

例えば、最近流行のキックボクシング。

スポーツ競技という文脈で言えば、コンテンツ力はかなり低いです。

しかし、ダイエットという文脈でキックボクシングを見れば、コンテンツ力はかなり上がります。

有名モデルや芸能人がブログやインスタで取り上げれば取り上げるほど、コンテンツ力はうなぎ上りです。

こんな感じで、もしあるもののコンテンツ力を上げたいのなら、別の要素を取り入れるなり別の文脈に置いてみるなりすればいいのです。

もちろん、他の要素と混ぜれば必ずコンテンツ力が上がるわけではありません。

「ラーメン」だけなら美味しそうに感じるけど「ラーメン・コーヒー」と書かれると途端にマズく感じるのと同じです。

もしあなたが何らかのビジネスをしていて自分の提供するもののコンテンツ力が低いと感じるのであれば、そのコンテンツを適切な文脈に置き直してみたり何らかの要素を付け加えてみたりすると良いかもしれません。

あっと驚くものが出来たら僕にも教えてくださいw

クラシック音楽はどうすれば救われる?

最後に、僕が「コンテンツ力はない」と繰り返し言っていたクラシック音楽に別の要素を付け加えることでコンテンツ力を飛躍的に高めることに成功した事例をご紹介しましょう。

それがクラシック音楽好きにはお馴染みの『ラフォルジュルネ』というイベントです。

毎年ゴールデンウィークに有楽町で開催されていて、会場の東京国際フォーラムの中で世界的に有名なプレイヤーの演奏が行われるだけでなく、周りにあるビルの入り口や東京駅の構内など様々な場所でも演奏が行われる一大音楽イベントです。

このイベントはクラシック音楽に「祭り」という要素を付け加えた事例だと僕は捉えています。

実際に行ってみるとわかりますが、会場にいるだけでお祭り気分が味わえて楽しいです。

「クラシック音楽」というとフォーマルな服装で演奏を聴く(悪く言えば)堅苦しいイメージがありますが、ラフォルジュルネは見事にそのイメージの逆をいっています。

「音楽って楽しむものでしょ!」というのがすぐに伝わってくる。

人ってお祭りが好きですからね。笑

食フェスとかビヤガーデンとか音楽の野外フェスとか。もしかしたら「お祭り」要素を取り組めば何だってコンテンツ力はあげられるのかもしれません。

僕も音楽は読んで字のごとく「音を楽しむもの」だと思っているので、クラシック音楽がコンテンツ力を取り戻すためには、普通の演奏会にそういったお祭り的要素を含めてエンターテインメント性を高めていく必要があるなと思っています。

お祭り的な演奏会で広くお客さんを集客して、そこから興味を持った人を従来のフォーマルな演奏会に流すことが出来れば理想ですよね。

そのお祭り→フォーマルの受け渡しをどうするかが難しいですが。

…とまぁこんな感じで、コンテンツ力は分析したり高めたりすることができます。(雑なまとめ)

あなたのビジネスに少しでも役立てば幸いです。

それでは、ありがとうございました!

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