石井晃太郎ジャーナル

新垣結衣が教えてくれた物の価値の決まり方

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こんにちは、石井です。

今日は10月21日に公開される新垣結衣と瑛太が主演の映画『ミックス』の試写会に行ってきました。

はい、確かに行ってきたんです。

…座席の前まで。笑

今日はどうしてそんなことになったのか、僕に起こった悲劇とガッキーが教えてくれたビジネスの基本についてお話します。

全ては一枚のハガキから始まった

僕の悲劇は、仕事仲間から一枚のハガキを受け取ったことから始まります。

頂いたそのハガキを見てみると「報知新聞特別試写会」の文字。

実は一緒に仕事をしている人がスポーツ報知に広告を載せていまして、僕はそのつながりで報知新聞が主催している映画の試写会におじゃますることがあるんです。今回のハガキもその映画の試写会の招待状なのでした。

「もらったからには行くか~」

ここ半年ぐらい映画にハマっている僕にとってこれは嬉しいプレゼント。しいて言えば、テレビドラマにありがちな内容そうで、そういうのをほとんど見ない僕には気が引ける部分もあったのですが、ガッキーは目の保養になるので行かない手はありませんでした。

勢いって大事だと思います

そして迎えた試写会当日(今日)の17時30分。

「あんまり遅くいっても良い座席に座れないかもしれないし早めに向かおうかな」

遅刻が得意な僕もこういう時は早めに出かけようとします笑。が、しかし!

「あっ…(仕事のアイデアがひらめく音)」

アイデアってこういう時に限ってひらめくんですよねぇ(しみじみ)。僕はひらめいた時の勢いを大切にして仕事をしているので、結局昼からやっていた仕事を続け、当初の予定より20分遅れで会場に向かうことになりました。

この選択が悲劇を招くことも知らずに。

壁の向こうのガッキー

いざ会場につくと、入り口の前の階段に長い列が。

どうやら会場が混雑しているらしく入場規制をかけているようでした。

で、立って待つこと40分。

試写会会場の扉の前まで来たのですが、一向に進む気配がない…。スタッフの方々の説明もないし、扉の向こうでは何だか拍手と歓声が上がっているしで、僕の並んでいる列に不穏な空気が漂い始めます。

「説明1つ無いとはどういうことだスポーツ報知。塩対応してると発行部数落ちるぞスポーツ報知。」

そんなことを考えながらモヤモヤしていると、しびれを切らした列の人がスタッフに状況を尋ねました。

すると、どうやら中ではすでに試写会が始まっていて、スペシャルゲストで新垣結衣と卓球の石川佳純&吉村真晴ペアが来ているらしい。

「え何、この壁の向こうにガッキーがいるの?石川佳純も?楽しそうに卓球してる?てか、早く中に入れてくれません?」

しかし願いも虚しく、あと20分ぐらい待って映画が始まってからでないと中には入れないとのこと。ですが、映画が始まる頃にはガッキーたちはすでに退場しているはずです。同じ列の人たちもかなりザワザワしていました。

そんな『崖の上のポニョ』ならぬ『壁の向こうのガッキー』状態を宣告された僕は、あることを決意します。

「そうだ、お家に帰ろう」

物の価値は相対的に決まる

そうして家に帰ってきた僕は、今こうしてブログを書いています。笑

なぜ僕は40分も待ったのに、あと少し待てば映画が見れるのに、普通の人なら待つのに、急に家に帰ることにしたのか?

それは「会場の中にいる人はガッキーに会えるけど壁の外側にいる僕らは会えない」ということに気づいた結果、試写会のメインであるはずの映画に価値を感じなくなったからです。

映画を見るだけなら、すでに会場の中にいる人たちも壁の外の僕らも、受け取れる価値はほとんど変わりません。正確には変わるのですが、映画を見るという行為自体に違いはないわけです。

しかし、ガッキーを一目でも見たい僕にとって、ガッキーを見てから映画を見る人たちとガッキーを見れずに映画を見る僕らの間には、受け取れる価値に大きな差があります。

つまり、ガッキーが会場にいるということを知った時点で、僕の中で映画を見ること自体の価値は限りなくゼロに近くなったのです。

そうなると、生ガッキーを見れるか否かが僕にとっての試写会の価値を左右するようになり、生ガッキーを99%見れないことが分かった時点で、もうその場にいる意味はなくなります。

だから、家に帰りました。生ガッキーの登場により価値を感じなくなった映画を見て2時間を消費するぐらいなら、家に帰って作業をした方がはるかに生産的で価値を感じますから。

あ、もちろん試写会で上映された映画『ミックス』を否定しているわけではありません。否定してるって思った人は、この話の本質がつかめてない。

要するに、この世のあらゆる物の価値を決めるのはその物を受け取る人であり、その人が受け取ったものにどれだけの価値を見出すかはその人や物の置かれた状況によって相対的に決まるのです。

今回のケースでは、僕が『ミックス』という映画そのものに完全に価値を感じなくなったわけではなく、ガッキーが試写会に来た今日一日においては価値を感じなくなっただけで、別の日になるとかしてまた別の文脈の中で『ミックス』を受け取った時には価値を感じるかもしれない、ということです。

これが今の時代のビジネスの基本というか”全て”と言えます。

よく「道端に落ちてる石ころすら売れる」とか言うコピーライターの人とかいますけど、そういう人もやっていることは同じ。

今を生きる人は、物そのものではなく、その物の置かれた文脈やストーリーといった背景に価値を感じるのです。

ビジネスをするなら、これだけは絶対に覚えておいた方がいいですよ。ホント。マジで。

だって、聞いた人の共感を生むような物語さえ書ければなんだって売れるということですからね。それだけで食べていけます。物に絶対的な価値がある時代は終わったのです。

こんな素敵なことを教えてくれてありがとうガッキー。ありがとうスポーツ報知。次からは待たされている人に説明ぐらいしてあげてねスポーツ報知。

おわりに

今日は「物の価値は相対的に決まる」ということを伝えたかったのですが、実は、僕の中ではもう一つ伝えたいことがありました。

それが「ネガティブな経験をポジティブに再定義する」ということ。

普通の人が今回のような体験をしたら「スポー〇報知はクソ」とか言いそうですが、僕は逆に「ありがとう」と言いました。だって、確かにモヤモヤはしましたが、おかげでガッキーから大切なことを学べましたし、ブログのネタも増えたわけですから。笑

こういったネガティブな体験の再定義ができるようになるだけで、人生すっごく生きやすくなります。皆さんもぜひ真似してみてください。そこらへんの話は長くなるので、また別の機会にでも。

それでは、ありがとうございました!

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