お金との付き合い方で人生の役割は変わる

こんにちは、石井です。

この前、知人とジンギスカンを食べに行ったのですが、その時にクラシック音楽業界の”闇”について語り合っていました。

”闇”といっても単純なもので、要するに「何千万というお金と幼い頃からの膨大な時間をかけてプロの演奏家になっても音楽の道だけで食っていけるのはほんの一握り」という常識のような問題のことです。

もちろん「プロになっても食っていけない」というのは音楽業界に限ったことではありません。美術もそうだし、スポーツ業界もそう。いわゆる「芸能」という言葉で一括りにされる業界は大体同じでしょう。

ただ音楽業界は、その中でも圧倒的にお金の先行投資が必要になります。

楽器代はもちろん、レッスン代や衣装代、留学代など。それら全てを20歳前後で払わなくてはいけないわけですから、ホント親が裕福でないとやっていけません。

僕はこういう話になると決まって「僕のWEBマーケティングの知識を活かして彼らを助けられないだろうか?」とか考えるのですが、その日は驚くことに全く違う思考回路が働きまして、ある発見をしたんです。

今日はその人生観が変わるような発見をシェアしたいなと思います。

お金を巡る壮大な分業体制

僕が発見したのは、音大生と彼らに投資する両親の間にある壮大な分業体制です。

つまり、お金を貯める両親と、そのお金を使う音大生で、世の中を豊かにしていくための役割分担をしているのです。

これに気づいた時、僕の中でお金の価値観がガラッと変わりました。

例えば、世の中には「お金が人生の全てだ」と思っている人が少なからずいます。

「お金さえあれば幸せになれる」というのはどう考えても幻想だと思うのですが、そういう人って未だに結構いるみたいです。特に上の世代に。

で、僕はそういったお金の亡者のような人々を見るたびに残念に思っていたのですが、音大生がやっている壮大な分業体制に気づいてから、一概に残念とは思えなくなったんです。

どういうことか説明するために、そのお金の亡者のお金の使い道を考えてみましょう。

たくさんお金を持っている人に限ってお金を使う時間がないというのは良く聞く話ですが、僕はそれ、半分正解で半分間違いだと思っています。

なぜなら、お金を使う時間がないのは自分で使おうとする場合だけで、自分が貯めたお金を他の誰かが使うことは可能だからです。

その典型例が先ほど紹介した音大生のケース。親は仕事三昧でお金を使う時間はないかもしれないけど、子供の教育費にその多額のお金を回すことは可能です。音大生の家は裕福なことが多いので、そういう人は結構いるのではないかと思います。

そうやって自分の子供がお金を使うために血眼になってお金を稼いでいるのなら、お金の亡者がいても別に悪い気はしません。

それどころか、他の誰かを豊かにしているので、そういった人がたくさんのお金を稼ぐことはこの世界全体のために有益なこととなります。

自分が贅沢するためだけにお金を貯めるのはどうかと思いますが、貯めたお金を人のために使うのならば、お金を稼ぐことは決して悪いことではないのです。

一方、今回の音大生のように自分では稼げない額のお金を周りの人から頂いている人も多くいます。

音大生はもちろんのこと、スポンサーから生活費を頂いているスポーツ選手や銀行からお金を貸してもらう起業家などもそうでしょう。

しかし、起業家のようなビジネス用途ならまだしも、自分の生活費や教育費を他の人に出してもらっているとなると世間的には良くないイメージが付きまとうと思います。

でも、この壮大な分業体制に気づくと、その視野が狭いことがわかる。

なぜなら、周りの人からお金を頂いている人たちは、頂いたお金を使って自分を高め、その高まった才能や能力からエンターテインメントを生み出して世の中に還元しているから。

彼らもお金の亡者と同じように私腹を満たすためだけにお金を集めているのなら話は変わっていますが、自分たちが生み出すエンターテインメントを通して世の中を良くしていこうという気があるのなら、むしろドンドンお金を与えて上げて欲しいと僕なら思います。

だって彼らがエンターテインメントを生み出してくれるからこそ、僕たちは明るい生活をすることができるわけです。彼らにお金を与えても今すぐには返ってきませんが、数年後に世の中がもっと楽しくなるのならいいじゃないですか。

全ての目的は「循環」を起こすこと

この話を踏まえると、音大生とその両親は「世の中を豊かにしていく」ということを目的にした分業体制を敷いていると見ることができます。

あえてその分業体制を役割で分けるなら、お金を貯めて他の人に渡すサポーターと、もらったお金を別の形に変えるプレーヤーでしょうか。

そういった視点を持つと「たくさんのお金を稼いだ方が偉い」とか「お金は借りるものじゃない」とかいう常識が間違っていることに気づけます。

だって、たまたま世の中を豊かにしていく上での役割(ポジション)が違うだけですから。

お金を稼ぐ役割なら稼ぐことが大事だし、お金をもらわないと活動できないのならもらえばいい。

サポーターとプレーヤーのどちらが偉いとかいう話ではなく、それぞれがそれぞれの役割を遂行しているかどうかが重要であって、自分に合ったやり方で世の中のためになることをすればいいんです。

お金を貯める人生を送っているのならサポーターとして。お金を使う人生を送っているのならプレーヤーとして。

お金との付き合い方一つで人生の役割は変わってくるんです。

そして最終的には、サポーターもプレーヤーもやることが同じになってきます。

それが「循環を起こす」ということ。

サポーターは貯めたお金をプレーヤーに渡し、プレーヤーはもらったお金を別の形に変えてサポーターに回す。僕らが人生を通してやっていることって、その一連のサイクルを皆で協力してひたすら回していることに過ぎません。

だから、お金と上手に付き合いたいのなら「循環」を意識した使い方をして行けばいいんです。

今自分の手元にあるお金は世界全体を巻き込んだ大きな循環の中でたまたま自分の手元にあるだけだから、周りの人のために使って循環を加速させていこう。

常にそんな意識を持ってお金を使っていくのがお金との正しい付き合い方だと僕は考えています。

ちなみに、こういうお金を循環させる意識で生活していると、お金は使えば入ってくるということがわかります。

今までいろんな人と話してきましたが、成功している人ほどそういう感覚で生きてます。

お金がない時って普通はお金を使うのをためらいますが、お金が欲しい時こそ逆にお金を使ってみる。

すると、出ていったお金が別の形になって入ってきたり、それ以上の金額になっても戻ってきたりするものなんです。

「お前それ科学で証明してみろよ」と言われたら何も返せませんけど笑、僕はそういう考え方をあえて採用するようにしています。お試しあれ。

ということで、お金との付き合い方についてお話させていただきました。ありがとうございました!

僕があえて値段の高い通販サイトで買う理由

こんにちは、石井です。

僕は普通の人が聞いたら「バカなの?」と言うようなお金の使い方をよくします。

普通の人のように損得だけを考えてお金を使っても、お金を使うどころか逆にお金に振り回されて大切なものを見失う気がするからです。

今日はそんな僕のお金の使い方を例に「お金の正体」を探ってみようと思います。お金の価値観がぶっ壊れるような話に出来たら、いいな。

比較して一番安いところで買うのが常識

僕は普段「食」にめちゃくちゃ気を付けてまして、添加物や化学調味料、遺伝子組み換え作物はなるべく取らないようにしています。

しかし、ストイックになればなるほど、安心安全な食べ物って手に入らないんですよね。例えば調味料一つとっても、安心して買えるものって大型スーパーなどにはほぼ置いてません。だから、調味料はいつも通販で買っているんです。

この前もお気に入りの醤油が切れたので「どこか安いとこないかな~」と様々な通販サイトを巡っていました。

調べた結果、Amazonが安いという当然の結果に落ち着いたんですが笑、カートボタンを押そうとした時に「ちょっと待てよ」と立ち止まる僕。

実は、僕がよく利用させていただく通販サイトにも、Amazonより割高ですが、同じ醤油が売っていたんです。

それに気づいた時、僕は即決しました。

「高いけど、よく利用しているサイトで買おう」って。

お金は投票権

普通の人なら、ここで値段の安いAmazonを選ぶと思います。

それなのに高いけどよく利用しているサイトで買うことにしたのは、僕がお金を「投票権」だと考えているからです。

野菜を例に挙げて考えてみましょう。

大量生産された安いけど農薬たっぷりの野菜を売っているスーパーと、手間暇かけて作られた高いけどおいしい野菜を売っている八百屋さんがあったとします。

僕ならこの時、値段が高い八百屋さんで野菜を買います。

なぜなら、農薬たっぷりの野菜よりも安心安全でおいしい野菜を食べたいと僕は思いますし、そういう良い野菜を食べる人が増えることがその人自身のためにも世の中のためにもなると考えているからです。

お金を頂くということは活動をより広げられるようになるということですが、スーパーと八百屋さんの活動を比べた時に、良い野菜を売っている八百屋さんの活動の方に広まって欲しいと僕なら思う。だから、あえて値段が高い八百屋さんにお金を落とすんです。

これは今回のケースでも同じことと言えます。「Amazonの販売者よりも普段使っている通販サイトの運営者に頑張ってほしい。」そう思ったから、選挙に投票する気持ちで、あえて高い方の通販サイトで醤油を買うことにしました。

「良いものは高い」と言われる理由

こういう発想が出来るようになると、値段が高いものも気にせず、損得勘定に縛られないお金の使い方が出来るようになります。

そして、世の中の”おかしいところ”が少しづつ見えてくるのです。

例えば、以前とあるイベントで僕が携わっている有料の動画配信サイトの告知ブースを出した時の話。ブースに来て動画配信サイトが有料だと知ったお客さんにこんなことを言われたんですね。

「結局”金”かよ」って。

別に悪口を言うつもりはないのですが、それを聞いた時「あ、お金に縛られてる人ってこういう風に考えるんだ」と僕は思いました。「たくさんのお金が欲しいから有料にしているんだな」。それが彼の主張でした。

しかし、僕ら運営者としては、そんな気持ちは全くありませんでした。なぜなら、当時その動画配信サービスはバリバリの赤字で、お客さんのもとに届け続けるためには運転資金が必要だったです。こっちだってお金を取りたくて取っているわけではない。お金を頂かないとサービスを続けられないから有料にしているんです。

これが「良いものは高い」と言われる所以です。本当に良いものをお客さんに届けようとしたらどうしてもお金がかかり、値段を上げることになる。かといって値段を上げなければ自分たちが潰れてそもそも良いものを作ること自体が出来なくなってしまう。モノづくり特有のジレンマですね。

そう考えると、僕らの動画配信サイトの会員さんたちは、お金を払うことで「頑張ってサービスを続けてね」と僕らを応援してくれていることになります。

この視点、すごくいいなって思うんです。(自画自賛)

お金を自分の私利私欲を満たすための道具として考えれば、お金に縛り付けられて生活がギスギスしていく。でも、お金は誰かを応援するための投票権なんだと考えれば、応援した側も応援される側も気持ちがいい。

お金の捉え方一つで、世の中にマイナスの感情が広がるのかプラスの感情が広まるのかが決まるんです。

しかし実際は、損得勘定に縛られたお金の使い方をすることでマイナスの感情が広がって争いになり、高いけど良いものを作っている人の元にはお金が集まらず、逆にただ安いだけで身体にも環境にも良くないものばかりが出回っている…。

そんな世の中おかしいと思うんですよね。お金を自分の私利私欲を満たすための道具として使うから、こんなことになるのです。

もちろん自分のためにお金を使うことを全否定するつもりはありません。ですがどうせなら、お金を投票権として、周りの人のために使っていきたいと僕は思います。それだけで良い世の中に近づいていくと思うんです。

おわりに

今日は「お金の招待」について考えてみました。

最後の方ちょっとだけ壮大な話になりましたけど、あながちウソではありません。「どうせなら人のためにお金を使ってみませんか?」という僕からの提案です。

高いものを買うことに抵抗がある人も1回ぐらい冒険してみましょう。大丈夫です、お金って使えば使っただけ入ってきますから。お金は血液のように循環させていった方がいいですよ。(この辺の話はまたどこかで)

それでは、ありがとうございました!